「祈り サムシンググレートとの対話」(白鳥哲監督)

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日本の保守思想の根源とも言える「思いの力」という項目を、政治思想と別個に作ったものの、
使う機会は殆ど無かった。この映画は久々に、項目に相応しいものだと思いました。



白鳥哲と言えば、文学座所属の俳優であり、「境界線上のホライゾン」など、
主にサンライズ系のアニメに出演する声優としても知られています。

本作での白鳥氏は、もうひとつの側面、長年撮り続けている自主制作の映画監督であり、
インタビュアーとして一部に映っているものの、俳優としての姿は無い。

私は普段映画は殆ど見ないので、映画としての出来がどうなのかは良く分からない。



先ずは、冒頭のマザー・テレサの映像に驚く。

内容は、日本教育再生機構の理事でもある村上和雄名誉教授の半生を中心に据え、
他数人のインタビューを交えたドキュメンタリー。

イージーリスニングのようなBGMが流れる中、インタビューや再現ドラマ、
様々な映像が交互に映され、終盤に向けて徐々に盛り上がっていく。
震災の被災地の映像や、取材中に地震に見舞われる瞬間などもあった。
また、今回も奥多摩の風景が一部出て来て、懐かしさが一瞬よぎった。
白鳥監督の出演はナレーションのみ、枯れてくたびれたような最近の声質は、作品に良く馴染んでいる。



<治癒と宗教>

途中、「偽薬」による治癒効果の話もあった。
「手かざし」に代表される、病気を利用した新興宗教は、この「偽薬」や「祈り」の効果とすれば、説明が付く。

日本は宗教大国でもあります。
無数の宗教団体、新興宗教団体が共存している国は他に無い。
「偽薬」や「祈り」の治癒効果は、日本では新興宗教が利用して来たが、今や科学的に解明されつつある。

但し、それらの効果は確実にあるものの、絶対では無い。
だから、絶対治る等と吹聴して大金を寄付させれば、それは詐欺でしょう。
効いた人が信者になり、効かなかった人の遺族が原告になる。そんなことが続いて来たのではないか。

余談ながら、上映している渋谷の「アップリンク」の向かい側には、あの「統一協会」の建物がありました。
もちろん無関係でしょうが。



<DNAと親学>

村上名誉教授の研究成果である「DNAのオン/オフ」の話は、かなりの衝撃でした。
「笑い」や「愛情」といったポジティブな刺激は、DNAの良いスイッチをONにしてタンパク質を増やす。
逆にネガティブな刺激が与えられると、DNAが悪い方に働く。

つまり、人間形成に与える影響の大きさは「環境>遺伝子」で、
「外的要因、環境」が、遺伝子の働きを大きく左右するようです。

これは親学とも関係していて、
胎教や3歳児までの育児、取り分け母子愛着形成が子供に致命的な影響を与える、という現象は、
多分これが原因なのでしょう。
三つ子の魂百まで。早ければ早いほどいい。
出来るだけ若いうちに、ポジティブな刺激を子供に与えることで、遺伝子のスイッチをONに出来る。
年を取ってからでは遅い。

「子育ては祈り」という松居和氏の言葉は、単なるスローガンでは無く、
科学的根拠に基づく事実かもしれません。



<西洋の唯物主義と日本の祈り>

決してイデオロギー色は出していないものの、終盤にかけて吐露される要旨では、
西洋的個人主義、唯物的なあり方を、明快に否定していました。
それは、個人主義的な西洋的価値観の限界と、祈りを続けてきた日本の伝統の再評価です。
(私はそれを、祖先崇拝、多神教的価値観と呼んでいます)

祈りは時空を超えて届く、
少人数でも強い祈りには力がある、
祈りの力が科学的に解明され始めているということ、
また、世界平和の実現には、8000人強の人々の祈りがあれば可能、という試算もありました。

一見簡単なように見えますが、
「常時(1日24時間毎日)8000人の「心ある人」が、世界平和専属で祈り続ける」
ということは、かなり難しい。

「祈り専従職員」などという単語を思い付きましたが、
よくよく考えたら、そういう「存在」が居られることに気付きました。
今上陛下です。


祈りは万能ではないが、決して無駄ではない。
例えば、数ヶ月前、不利な情勢だった安倍晋三氏を総裁にしようと、一部の人が死に物狂いで尽力した。
その後、総選挙が起こって民主政権が転覆し、積年の問題が一気に解決しようとしている。
これは決して神意や天意などでは無く、一定の人々の「思いの力」が働いたのではないか。
「癒しのナショナリズム」などと言って他者を揶揄して高みに居座っているだけの人には、
決して理解出来ない類の「力」でしょう。

互助機能、互いの祈りによる「行動力の向上」は、本来日本の保守が常識的に使うべき力です。
内ゲバの論理で動く人のように、身内に近い人に、正当な批判では無い薄汚い言葉を投げ続けていたら、
そんな組織のDNAは腐り切ってしまうのではないか。



<祈りの力の物理的限界>

残念ながら、多神教文明的な価値観を「世界の全ての人」が共有することは、不可能に近い。
何故なら、世界の陸地の大部分は人の住みにくい場所であり、そうした「一神教が伸びた土地」では、
人々全員が、「他者の為に祈る余裕」のある生活を行うことは不可能だからです。

そもそも日本列島自体に、一億人以上の人口を恒久的に養えるだけの食料や資源は無い。
良く、少子化を問題にする人がいますが、今よりもっと列島の人口を増やしてパンクさせるのか。
実質的な問題は高齢化の方なので、「絶対に裏切らない介護人」である「ロボットや補助機械」の開発や、
寝たきり老人を増やさない工夫、寿命で死ぬ直前まで自分の足で歩いていられるようにすること……
などに、力を使う方が健全でしょう。
もちろん、家族の絆や大家族化を重視した税制その他の政策は、大前提です。


地球全体が平和に過ごせる為の適正な人口は、せいぜい10億人以下なのではないか……
と、漠然と思います。
しかし、途上国等では相変わらず人口が増え続けている。
それは、戦争や病気で早死にする人が多いことを見越した上での多産であって、
戦争では「数」の多い方が勝つから、勝つ為に沢山生んでいる。
「敵」を倒す為の一神教的価値観が、民族性レベルで機能しているのでしょう。



<祈りを否定する勢力>

私が最も驚いたことは、終盤に、ダライ・ラマのロングインタビューを流したことです。
内容は平凡なものの、言外には大変な意味が込められています。

祈りは世界を平和に導く。
一見左翼的な、お花畑的な理論にも見えますが、実は全く逆です。

何故なら、祈りにとっての最大の障害は、西洋的個人主義共産主義(唯物思想)だからです。
その両方を併せ持っている「中華人民共和国」は、最悪の勢力と言えます。

この構成自体が、「祈り」とは最も程遠い存在である中華人民共和国を想起させる、
実に巧い演出となっています(そこまで意図したかは不明ですが)。



<おわりに>

映画館に足を運んだのは何年振りか……10年振りぐらいかもしれません。
思ったより示唆に富んでいて、色々と考えてしまいました。
全部見ると90分なので、会合の教材として使うにはちょっと長いか。でも面白い。
保守系でも、こういう問題に取り組む余裕があれば、色々と捗るのですが。