つくる会の内紛――「つくる会」とは何なのか?

見るべき点はただ一つ、「例の事務局長がどうなるか」です。
それにより、会がどちらに傾いているのかが、見て取れます。


ところで、そもそも「つくる会」とは何なのか?

誤解を恐れずに、私の個人的な印象を言えば、

「偉大な指導者西尾幹二氏と、その信者の集団」となります。


つまり、「西尾氏の個人的な魅力」だけで纏まっている集団なのです。
氏に代わる、よほど巨大なカリスマ的指導者が現れない限り、組織は続かないでしょう。

他の理事や関係者では、人を惹きつけることが出来ません。魅力が無いからです。
何故魅力が無いのかは、ここを御覧の論者諸賢それぞれが考えるべき課題です。

私見としては、歴史の枠に留まらない、総合的な思想、人間の本質や「生きざま」に魅力を見出しています。



人は、主義思想の為に戦うのでは無く、主義思想を体現する人の為に戦うのです。
(銀英伝8巻152p)

長谷川氏ほどでは無くても、西尾氏を信仰、あるいは敬愛する人は数多いですが、
他の理事や取り巻きなどの小物に対しては、喜んで従う気にはならない、という人も、多いと思います。